キリンビバレッジが7月に発売した新商品は、分類が難しい。見た目はペットボトル入りのブラックコーヒーのようだが、コーヒー豆は使用していない。麦を使っているが、麦茶ではない。それが「世界のKitchenから 麦のカフェ CEBADA(セバダ)」だ。
「ペットボトルコーヒーのジャンルに加えようとした商品ではありません。麦を使った飲み物を追求した結果がセバダでした」と説明するのは、マーケティング部商品担当の後藤武知氏。スペイン・レバンテ地方の家庭で作られる、麦の飲み物「アグア・デ・セバダ」をベースにしているという。
日本人になじみのない文化をあえて取り入れ、新しい飲み物として提案している。なぜだろうか。開発の経緯と狙いを聞いた。
2007年から展開している「世界のKitchenから」ブランドは、同社の他のブランドとは少し異なる。「コーヒー」「お茶」「ミネラルウオーター」などのカテゴリーが固定されていないのだ。開発メンバーが自ら海外の家庭を取材し、そこで学んだ食文化を商品に落とし込む。これまでに約20カ国を取材し、「ピール漬けハチミツレモン」「とろとろ桃のフルーニュ」など約30商品を展開した。
なかでも代表的な商品が11年に発売した「ソルティライチ」だ。手軽に塩分・水分補給ができることから、熱中症対策の需要が拡大している。ソルティライチの好調によって、ブランド全体の1~7月の出荷量は前年同期より13%増加した。
そのブランドで「麦」に注目したのはなぜなのか。後藤氏は次のように説明する。
「これまでは果物を使うことが多かったのですが、“穀物”の食文化の奥深さにあらためて注目しました。特に麦は、日本では麦茶やビールを連想しますが、世界に目を向けると、麦ミルクやお粥など、さまざまな使われ方があって、面白い素材です」
麦のレシピを探っていくうちに出会ったのが「アグア・デ・セバダ」だった。これは、1930年代のスペイン内戦でコーヒー豆が手に入らなくなったとき、その代わりに生まれた飲み物。大麦の麦芽を焙煎、粉砕し、煮出して作る。家庭によって呼び方やレシピは少しずつ違う。日本のみそ汁のような存在かもしれない。
「スペインの南東部にあるレバンテ地方の家庭にお邪魔したのですが、最もおいしいと思ったのがアグア・デ・セバダでした。現地でいちばん感動したものを商品にする、ということを大切にしています」(後藤氏)
「ブランド立ち上げ当初は、現地取材も飛び込みでやっていたんですよ」とブランドマネージャーの菅谷恵子氏は振り返る。「ピール漬けハチミツレモン」の取材時、イタリアで「レモンのピール漬けを上手に作れる人を知りませんか?」と聞いて回った。数日後には、「レモンの日本人がまた来た」と現地でうわさになったという。
「すぐに手に入る観光情報ではない、“日常の生活”に関することは、取材しないと分かりません。現地では当たり前でも、私たちには新鮮。そういうものを見つけることを大切にしています」(菅谷氏)
そのため、レシピを調べてそのまま日本に持ち帰るのではない。“日常の台所”を体感して得た発見や学びを商品開発に生かす。今回のセバダの場合、大麦の麦芽を深煎りして粉砕したものをドリップする、という基本の作り方を直接教えてもらう中で、ある発見があった。「レモンなどのかんきつ類を入れていることに気付きました」(後藤氏)
これをヒントに、現地で味わうようなおいしさを引き出す“隠し味”を探った。会社の近くにある専用キッチンで後藤氏が自ら試作し、かんきつ類や他の果物、さらにはマヨネーズなどの一味違った食材を試してみたという。その結果、レモンをほんのりと効かせることで、麦の香ばしさや甘みを引き立たせることができた。
また、日本人の味覚や文化に合わせることも意識した。現地では砂糖やミルクを入れることが多いが、日本では「無糖茶文化」が浸透しており、麦茶に砂糖などを加えることはあまりない。そのため、シンプルなブラックの味に仕上げた。
コーヒーではなく、麦茶でもない。不思議な位置付けのセバダによく反応しているのは、カフェインの量を気にする人たちだ。近年、カフェインを減らしたデカフェなどの商品も増えており、関心は高まっている。「30~40代の女性を中心に、『私にはちょうどいい』という声をいただいています」(後藤氏)。病気などでコーヒーを飲めなくなった人たちからの反響もあるという。
一方、コーヒーの味わいを求める男性などからは「麦茶のようだ」という声もある。「ぴったり合う人もいれば、そうでない人もいると思います。でも、この商品をきっかけに、まずはセバダという飲み物を知ってもらえる。いずれは新しいジャンルとして定着させて、商品ラインアップを広げていきたいです」(後藤氏)
菅谷氏は「ブランドとして発信しているのは“家庭的な健康感”。セバダがソルティライチに次ぐ商品になれば」と期待する。よく知っている素材でも、視野を広げると全く新しい味になる。コーヒーでもお茶でもない、新たな選択肢の一つになるだろうか。
(出典 news.nicovideo.jp)